思い起こせば、独立したばかりの1996年頃、「Digital SOHO Network」なるサイトとメーリングリストを立ち上げ、この九州の田舎から、全国の数名のクリエイター(中には著名になった人も・・・。)とつながって交流していたが、そんなSOHOスタイルの精神を定住と雇用創造に活用する取り組みが、筑後地域で2007年から続けられている。
型にはまらないSOHOの精神面から、「情報技術を駆使する」という表層的な面が目立って着目されるようになっている感はあるが、いずれにせよ、地域での就労形態、起業の手段として、SOHOのような形態は有効なのは間違いない。
取り組みの一環として、九州大学の藤原惠洋先生がファシリテーターとなられて、「ちくごSOHO塾 アカデミックカフェ」が、現在展開されており、先日私も語り手として、立花町の男ノ子焼の里で話す機会を得た。
「黎明実験装置としての矢部川SOHOキャンプ〜その結果と課題」と題され、2007年に国土交通省都市再生モデル調査事業として実施した「矢部川SOHOキャンプ2007」を題材とし、再検証しようとするものであった。
私は、この「矢部川SOHOキャンプ2007」で、アーヴィン・ラズロ博士が「カオス・ポイント」などでも語っている思考転換(ワールド・シフト)を人々が意識することで、自ずと人々は経済的豊かさ以上に心の豊かさを求め、地域に回帰し、結果、地域の再生につながると考え、「矢部川SOHOキャンプ2007」でも実践した。
そのことを通じて、私にも変化が起こり、これまで見向きもせず、退屈な場所だとしか思わなかった出身地=みやこ町の風景やそこにあるものが、妙に愛おしく感じられるようになり、永住地に選ぶことになった。
ユビキタス社会のような情報化の進展や、「組織形態や場所に捕われない」型にはまらないSOHOなどのライフスタイルは、拡大経済社会では都市に向かわざるを得なかった各個人を解き放ち、それぞれの回帰すべき場所での暮らし=再定住(Reinhabitation)を可能としているのではないかと思う。
実はそうした暮らしは、一昔前にはたくさんあったようにも思う。
もちろん昔から、人々は都市に向かってはいたけれども、地域にはその地域で完結する経済やコミュニティがあった。
地域にはたくさんの小さな仕事があり、人々はそれぞれ自分の得意分野を仕事とし、コミュニティでの交換経済で補い合っていた。
米を作る農家、農家に農具を提供する金物屋、金物屋に納める鍛冶屋、豆腐や卵は生産者が配り売りしていたし、精米所はご用聞きとして不便を補う役を果たし、米販売のついでに飲料なども売った。
そうした仕事は、決して大きな商いではないが、生計を立てるには十分であった。
そうした一昔前の暮らしが失われる過程は、ここに記すまでもないが、私は後戻りではなく、進化する「懐かしい未来」を実現するライフスタイルとして、SOHO的な精神が活きるのではないか、と考えている。
SOHOの精神・・・それは、型にはまらず自分のやりたい事を貫く事かと思う。
高みを目指し、徹底してやりたい事を貫く事で、それは質の高い仕事となる。
その「質の高い仕事」を地域の人々に提供する。
自らも地域の人々の仕事を利用する。
そんな仕事や暮らしに、情報技術をあらゆる面で存分に活用する。
どうだろう?質の高い仕事をし、地域に還元する事は、結果、廻り廻って、高収入や、地域の元気につながらないだろうか?
私はつながると信じている。
しかし、ここに記したような精神的な事を、人々にきちんと伝える事はとても難しく、先日のアカデミックカフェでも歯切れ悪く、全く納得いかない語りとなってしまい、悔しかった。
まぁ、私は私・・・SOHOの精神を貫きたいと思う。
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