私の住む、福岡県京都郡みやこ町は、古くは縄文弥生時代から、近代に至るまで、史跡や書物、人物などの歴史資源がほんとうに豊富な地域だ。
そしてそのことは、ごく限られた地元の歴史愛好家にしか知られておらず、埋もれた「足元の宝」となっている。
「昭和」の元号を創案した吉田学軒もそうだが、犀川出身の漢学者、吉原古城も、埋もれた郷土の偉人の一人なのだろう。
去る七夕の日、地元犀川内垣地区において、吉原古城を忍ぶ「七夕祭り」が開催された。
現在、古城の居宅跡は顕彰碑のある広場となっており、地元の方々が守っている。
私は祭りには所用で参加できなかったが、祭りの跡の現地で、しばし美しい山村の風景を楽しんだ。
郷土の偉人を称え、顕彰することは、もちろんその故人の足跡を、より多くの人々に知っていただき、その財産を次世代の育成や、観光資源化に活用すると言うことがある。
しかし、実はもっと大事なことは、その地域に住む住民が連帯して、地域を見つめ直し、活動を通じて地域を魅力的にしようと汗を流す行為そのものにあるのではないかと思う。
地域ブランディングなどとよく言われるが、企業のそれと同じような手法で実施される画一的な地域ブランディングに、最近疑問をおぼえている。
多様な人、多様な価値観、そこに住む人それぞれに目指す高みがある。
おそらく地域に住む人々皆が共通認識としてあるのは、「自分の住む地域が豊かで、次世代まで暮らしやすい場所であってほしい」という願いに限られるのではないだろうか。
その方法論は多種多様であって当然だとも思う。
企業のように、理念やコンセプトで「こうでなければならない」と地域をひとつに縛るのはファシズムだ。
大事なのは、ひとつの頂きにたどり着くことよりも、登ろうとする多様な行動なのではないか?
そこには残念ながら目標到達できない努力も多々あるかもしれないが、行動が連帯を生み、ひいてはそれがその地域の豊かさや魅力につながるのではないか・・・。
ひとつの行動には、必ずPDCA(Plan,Do,Check,Action)は必要だろう。
がしかし、地域を元気にするには、必ずしもひとつの大きなPDCAで束ねた行動でなくともいいと思う。
小さくとも多様な行動がどんどんたち上がることが、その地域の活力となり、運良くそれがひとつの頂きに重なれば、結果的にブランドとなるのだろう。
吉原古城の顕彰碑のある公園で犀川の農村風景をぼんやり眺めながら、祭りの後片付けをする住民の方々の姿を見ながら、そんなことを思った。
みやこ町にもっともっと、いろんな取り組みをする面白い人々が増えるといいな・・・。
そうしたら、私はそれを広め伝えるメディアになりたい。
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